《記憶を伝える 空間を伝える》
約160年前に建てられたこの住まいは痛みも甚だしいものでしたが、朽ちるに任せるのではなく次の世代へと伝えていくために、日常生活に必要な台所食堂と便所を付加して整えていく事となりました。
建築主の方のお話からは、この建物での様々な思い出や先祖から伝え聞いた過去の出来事などが、ここに伝わる御仏の像や古家具、梁柱の傷などと共に鮮やかに浮かび上がってきます。
長年にわたる家族の記憶は大切に繋いでいきたい、そのためには住まいの装いを一新するのではなく、時間の重なる姿を伝えていきたいと考えました。
現代生活へ適合する改修には今日の手の跡が残ります。それがさりげなく行われるように気を配っています。
一方、このような開放的な日本の住まいでは、屋外と屋内・土間と床・室と室などあらゆるレベルでの空間の連続性が保たれ、視線や音・空気の「抜け」がつくられています。
現代の壁で区画された空間、外部環境に対する防御的な閉鎖性とは全く質の異なる伸びやかな空間が本来の私たちの住まいでした。そのような空間の開放性も改修に際して大切にしています。
本来の土間にさまざまに増改築されていました床を一旦全て撤去した上で、土間空間を二分して、手前を玄関土間、奥には床を張って台所食堂としました。
その間仕切りは高さを抑えて視線を遮りつつも、上部では竹の簾の子を編んだ大和天井と丸太の梁が拡がり一体感を醸し出しています。その梁にはこの住まいに電気が初めて来た時の碍子をそのままに残しました。
改修を終えた住まいは凛とその姿を蘇らせ、これからもまた新たな時間を刻んでいくことと思います。
→ 改修前の様子はこちらでご覧いただけます。